海の星座

光を射す言葉を。

孤独な夜の向こう側 -ユビキタス "孤独な夜とシンフォニー" -

11月2日、ユビキタスの3rd mini album「孤独な夜とシンフォニー」がリリースとなった。

先日のライヴレポート中でもすこし触れたが、今作のタイトルにある「孤独な夜」は決してマイナスなイメージではなく、自分自身と向き合う時間のことを指しているのだという。そして「シンフォニー」は様々な要素によって一つのものが成り立つ、という意味から、周りの評価や見方、周囲の環境という要素、そしてそれによって作られる自分自身を指す。昨年リリースした「記憶の中と三秒の選択」が、自分の周りの人や環境という特定の対象を持った外に向けたものだったのに対して、このアルバムは、黒田保輝という一人の表現者が、自分の内側にある葛藤や、こうありたいという理想と周りからのイメージの間でもがく自身に光を当てて描いたものだと言えるだろう。

 

1曲目から爽やかなギターロックが鼓膜を揺らす。リード曲として、壮大なMVも夏から先行して公開されていたイナズマだ。この詞に関してVo./Gt. ヤスキは「久しぶりに、自然に書けたラブソング」だと語った。何か新しい世界に触れた時のビリビリした感覚、心がギュッとなる感覚を「イナズマ」と名付けてこの曲に冠したと言うが、その「イナズマ」は何も、異性間・同性間の一対一の関係性における恋を指すわけではないのだと思う。例えば私がユビキタスに、本当の意味で出会ったあの日のあの瞬間は確かに「雷に打たれた」ようだったし、そこから今日までの2年半に及ぶこの想いはユビキタスというバンドに対する恋だと言っても過言ではないだろう。人生を揺るがすような、自分の中にある価値観を揺さぶられるような、そんな出会いはそうそうあるものではない。この曲は、何かそういうものに出会った時の、その最初のインパクトを新鮮なまま閉じ込めた1曲だ。

自身の葛藤を赤裸々に綴り、吐き出しているのは感情性理論(M.02)だ。《これも僕じゃないから/もういらないもういらない》という歌い出しにハッと息を飲む。ヤスキが綴る激情的な言葉は、普段の彼が、言葉にすることで思考がまとまっていく様を見せる人間であるからこそ痛烈に響く。しかしそんな彼の葛藤も曲の終盤へ向かいながら、次第に解かれていく。最後のブロックでは歌詞に合わせて歌い方もサウンドも開けたものへと変化している。歌う、というよりは心の内を殴り書きのようにして吐き出していくものに仕上がっているサカナ(M.03)は、自分自身に対する焦燥を描いている点では感情性理論とリンクしているが、その言葉の向かう先は外の視点に対してや、外とつながっている自分ではなく、常に自身の内側だ。エッジの効いたサウンドの中で、イントロのギターリフが乾いた鋭さを見せるが、それ以上にニケの鈍く重いベースラインが光る。決して派手ではないし、前面に出てくるわけでもない。しかし不穏な空気が曲全体に響くのは間違いなくこのベースラインによるものだ。ディスコード(奇跡に触れる2つの約束: M.06/2014)でもそうだったように、ユビキタスのハードチューンにおいて、普段の柔和な彼からは想像もできないほどの攻めに攻めたベースはいいスパイスとなって曲にメリハリをつけている。

そして次の眠れない夜に(M.04)では全てががらりと表情を変える。ヤスキの爪弾く優しいアコースティックギターの音色と、彼のごく近くで歌うような優しい歌声に張り詰めた緊張感がふっ、とゆるむ。ギターのボディをたたく柔らかい音も含め、この曲は彼の一人舞台だ。この1年ほど、弾き語りに精力的に取り組んできた彼の一つの成果だと言えるだろう。前にも述べたが、シンガーとして、ヴォーカリストとして、彼は凄まじい成長を遂げている。バンドをいつも尊重してきた彼がこういった形で1曲収録したというところに彼の自信を垣間見て、これからのバンドの姿に期待を寄せたくなるのだ。

そんな眠れない夜にと対になるのがチャンネル(M.05)だ。一度は誰もが思ったことがあるはずの、綺麗事ではない人間らしさ、哀しさを歌う。ニケの優しくゆるやかなベースラインも、彩るという言葉の似合うヒロキのドラミングも、一定の温度と距離を保ちながらヤスキの声を支え、その透明感のある声と微かにかけられたビブラートがぐっと際立つ。3人のバランスがきれいに保たれるのがユビキタスのスリーピースバンドとしての強みだとするならば、この曲はそれを最大限に引き出して形にしたものだと言える。

《思い出しているよ/楽しかった日々を/過去には行けないの/あの日の景色は日に日に色づく》と過去を歌うことで未来を見るS.O.S(M.06)と、《どの未来も真実だと/僕にとって真実だと/思えたから》と一つのカタルシスを見せるハッピーエンド(M.07)の2曲はこのアルバムにおける終着点とも言えるだろう。どちらも「ユビキタスらしい」ダンスナンバーでありながら、そこに留まることのない歩みが見られる。特にハッピーエンドのきらめくようなタッピングで鳴らされるイントロと、アイリッシュの空気のあるギターソロはこれまでの彼らにはなかった音であり、それでいながら全く違和感なく馴染んでいる。「らしさ」と正面から向き合ったヤスキは、まだ答えを見出すに至っていないとしても、それを飲み込んだ上でのユビキタスというバンドの姿をこちらに見せようとしているように思える。

 

今作「孤独な夜とシンフォニー」は、過去を歌いながら、今を見つめている。今を歌いながら、未来を見据えている。本性を閉じ込めながら、人から見た自分に自分を収めようとし、人から見た自分を感じながら、本当の自分を見せようと躍起になっている。自分と自身を取り巻くものを対比させながら、心の内側を歌う。自分と深く向き合う思考のプロセスを1枚のミニアルバムに仕上げたことで、この作品は彼らにとっての1つのマイルストーンとなったのではないかと思う。

昨年のアルバムを聴いた時、ユビキタスは開花したと思った。それまでよりも明らかに振れ幅を広げ、表現力を増した3人の力は底知れぬものだと感じたのだ。それを裏付けるように、彼らのライヴは輝きを増し、音に込められた意志は伝播していく強さを備えていった。今回の楽曲群は耳に新しい部分も多々あったし、歌詞で見せる精神世界は今までよりも断然に色濃く、深くもあった。しかし、それでも、変わらない芯が通っているのとはまた別に、どこか過去の楽曲を引きずっているようなイメージが拭えなかった。昨年彼らが見せてくれたものも、今の彼らがライヴで見せてくれる光も、決して見間違いなんかじゃないと信じているからこそ、これからの彼らに、さらに期待が募る。

 

今も、いつも、進化の途上。だから格好良いんじゃないか。

三人で魅せる光 -16/11/01 ユビキタス LIVE TOUR 2016 『カルテット』TWO MAN SERIES-

先月めでたく結成4周年を迎えた大阪のユビキタスが、1年ぶりに新譜をリリースするということで、その「カルテット」と銘打ったリリースツアーの前哨戦として、10月27日に東京・渋谷O-Crest、11月1日に大阪・心斎橋Music Club JANUSでのツーマンシリーズを開催した。ここでは、この春メジャーシーンに満を時して躍り出た盟友・ラックライフを迎えた大阪公演での彼らのライヴをレポートする。

 

ユビキタスは地に足のついた、リアリティのあるライヴを見せるという印象があった。そこに鳴る音、響くメロディー、そして紡がれる言葉によって、そこに彼らがいること、それを見るオーディエンスがあることをはっきりと認識させるライヴ、と言えばいいだろうか。これは筆者の意見であるが、きらびやかな夢を見せるのではなく、悩んで立ち止まって迷って、それでも今ここに立っている、君たちに歌っているんだという姿を、隠さずに晒け出してくれる、そんな現実味のあるライヴが彼らの持ち味であり、彼らが人気を集める所以でもあったのではないかと思う。

しかしこの夜、そのイメージは覆された。

 

彼らが1曲目に選んだのは、2nd mini album『奇跡に触れる2つの約束』より、「そ。」。Vo./Gt. ヤスキのはじけるようなカウントでオーディエンスにも一気に火がつく。当時のリリースツアー以来、ほとんどセットリストには組み込まれてこなかったこの曲だが、2年を経て演奏力、表現力共に成長した彼らによって、スターティングナンバーとして返り咲いた。

その後は新譜から「サカナ」「イナズマ」、「チャンネル」といった、これまでのライヴでも披露している楽曲を中心にライヴを展開し、ユビキタスの現在地を示した。その11月2日にリリースとなったミニアルバム『孤独な夜とシンフォニー』は、ヤスキによると「孤独な夜という自分自身と向き合う時間と、自分を作り出す周囲の環境や言葉、評価やイメージといった要素(=シンフォニー)について思いを巡らせた末にできたアルバム」だという。それもあってか、昨年のフルアルバム『記憶の中と三秒の選択』がかなり外側に向かって放たれたものであったのに対して、今作は非常に丁寧に自身の内面と向き合ったような言葉が綴られている。外向きか内向きかということだけで言えば、内向きである今作は「そ。」が収録された『奇跡に触れる2つの約束』と重なる。しかし決定的に違うのは、一度外側に向かって放っているということだ。これまでの作品が、彼ら、あるいはヤスキ個人の一人語りであったのとは異なり、今作では、自分自身に外側から改めて光を当てているのだ。アルバムについてはまた詳しくレヴューを書くので深く掘り下げるのは避けるが、1曲目に「そ。」を選んだのは、あのアルバムの中で、外に向かう力が殊更に強い、今作に通じ得る曲だったからではないだろうか。

演奏中の彼らはといえば、それぞれが個々で集中しながらも互いを意識し合い、さらにその意識はオーディエンスにも常に向けられていた。この音を聞け、この声を聴けと、目で、音で、声で、彼らはこちら側に主張した。それは決して押し付けがましいものではない。そうしたくなる引力を持っていたのだ。「あなたに歌っているんだ」と力強く手を引くように、音を鳴らし、歌を唄っていた。これもまた、以前よりも際立って強くなったところだろう。今までの、「ここで歌っているから、誰か何か引っかかったら、ついてきてよ。」というスタンスは、そこにはなかった。彼らは進化を見せたのだ。外を見た目で自分と向き合ったヤスキは何かを振り切ったような目をして、全てを受け入れるような強さをたぎらせて、自身と向き合った今の言葉を歌いつないだ。そんな彼の言葉を支え、彩りながら、Ba. ニケとDr. ヒロキの音色が重なっていく。プライベートでも仲良しな3人の音は、決して狂うことなく正しく届けられる。口では滅多に褒めないが、お互いを意識するからこそ合う呼吸は、スリーピースバンドとしての真髄に触れる。彼らのその音は、声は、光を伴ってフロアに流れ出した。

自らをさらけ出しながら、飾らず、等身大でステージに立つという彼らの魅力はそのままに、寄り添う優しさを超えた、包み込む大きさで、フロアにいる全員に光を射した。過去と現在を同時に歌いながら、リアリティのある彼らの生の姿を見せながら、その上で音を光に変えて、燦然と降らせたのだ。

 

4th mini album『ジレンマとカタルシス』のリリースも1月に決まり、2枚のアルバムをひっさげた3月までのロングツアーが始まった。ファイナルシリーズに、初の名古屋を含めた東名阪ワンマンも予定されているこのツアーを経て、彼らはますます波に乗っていくことだろう。

ツアー開幕時点ですでに、それまでの姿から圧倒的なまでの成長を遂げている。桜が咲く頃、彼らはどんな光を我々に見せるのだろうか。

 

最後になったが、彼らは今回のツアータイトルを『カルテット』と名付けた。しかしユビキタスはスリーピースバンドだ。4つ目のパートは誰が担うのか。ヒロキのドラムに、ニケのベース、そしてヤスキのギターと声、という4重奏だろうか。はたまた、彼らに手を伸ばすオーディエンスを指すのだろうか。それもきっと、これからのツアーで解き明かされていくだろう。

高く飛び上がった君の目には何が見える? -16/8/28 RUSH BALL 2016: BURNOUT SYNDROMES-

夏の日差しに焦がされながら、ATMCステージの前で待ち構える。

 

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自らの作品である「数學少女」をSEに入場してくるのは、地元関西出身のBURNOUT SYNDROMESだ。

文學ロックという、ある種ニッチな線をついた彼らの音楽はじわじわと人気を集め、この春とうとうメジャーデビューとなった。デビューシングルは人気アニメ「ハイキュー!!」のオープニングテーマでもあり、それまで彼らを知ることもなかった層にまで一気に広がり、爆発的にファンを増やした。

彼らが今年24歳になると聞いて、最近のバンドはだんだん若くなっていくなあと思った人は少なくないはずだ。しかし、BURNOUT SYNDROMESを若僧と侮ってはならない。彼らは今年、結成11周年を迎えるのだ。そう、結成当時彼らはわずか13歳である。結成からデビューまで11年弱。学生であったこともあるが、それを考えても近頃ではそうそうない長い下積み生活を送ってきたことになる。メンバーチェンジや活動休止もなく、彼らのペースで地道に日々と時間を重ねてきた結果、BURNOUT SYNDROMESというバンドは、ちょっとやそっとじゃ揺らぎようもない強固な3人の関係性と、色濃く塗り重ねられてきた楽曲の描く世界とでしっかりと形作られている。

 

ちょっと想像もつかないような長い道のりを3人で一歩ずつ確かめるように進んできた彼らが、ついに掴んだメジャーデビュー。そして、憧れの舞台「RUSH BALL」。彼らは夢のステージで、熱量の高い演奏を見せた。〈文學ロック〉の名をほしいままにする1曲「文學少女」では、その文学作品のタイトルや印象的な一節を混ぜた詞を、Vo.熊谷とBa.石川が掛け合いにして歌う。熊谷の独特の澄んだハスキーヴォイスと、石川の柔らかいテナーが見事にコントラストを描き、観客は一気に彼らの創り出す世界に飲み込まれていく。続く「PIANOTUNE」では明るく軽やかなサビに合わせて、会場を巻き込みながらメンバー3人も楽しそうに体を左右に揺らし、3曲目の「セツナヒコウキ」は夢と恋の狭間で揺れ、夢を選ぶ少年の静かな慟哭を、熊谷がいつにも増して力強く歌い上げた。熊谷のハスキーヴォイスは、歌謡的にしつこくなることもできれば、胸を裂くように切なく響くこともできる。こんな歌声を持つシンガーには今までほとんど出会ったことがない。彼らを唯一無二にするのが、間違いなくこの声だ。

夢のような時間は一瞬にして過ぎてゆく。数ある彼らのプレイリストの中から厳選された4曲。その最後に置かれたのは、彼らにとっての大事な1曲、「FLY HIGH!!」だった。「ハイキュー!!」に合わせたような、夢に向かう飛翔を歌ったこの曲だが、やはりそれ以上にその飛翔はBURNOUT SYNDROMESのものを示す。

−− 飛べFLY HIGH!!

汗と血と涙で光る翼が 君を何処へだって連れて行く

青い衝動と本能と 爪牙を剥き出しにして

艱難の旅路も 夢叶うまで何度だって

飛べFLY 高くFLY −−

青空に向かって声と音が重なり合って突き抜けてゆく。憧れ続けたRUSH BALLのステージの上に立つ3人が見せる笑顔は、晴れやかでありながら、まだ少しあどけなさが残る。しかしあの、満ち足りたような笑顔には何者も勝てまい。ステージを降りる最後の瞬間まで、名残惜しそうに観客に手を振り続けていた。

 

彼らは自分たちにかけられた期待を知っている。そしてまた、彼らが育て、彼らが育ったBURNOUT SYNDROMESというバンドを信じ、自らを信じ、期待をかける。前途洋々とはいかないだろう。雨に打たれることも、足が前に進まない日も、きっとあるだろう。しかし彼らが地道に積み重ねてきたものは、決して今後も彼らを裏切りはしないはずだ。長い長い助走の果てに、勢い良く踏み切った彼らは、そのこれまでの日々を翼に、上昇気流に変えて、大空に舞い上がった。

今、君の目には何が見えている?蹴った地面を眼下にし、君はどこへ向かう?

 

10月26日にリリースが決まっているシングル「ヒカリアレ」、そしてそれに続くワンマンツアーできっと彼らは、この半年に見てきたものを、あの、きらきらとした笑顔で見せてくれるのだろう。

最小単位の武装 -16/8/6 cross road vol.4, 16/9/1 AVERAGE HITTER-

ギター1本での弾き語りはヴォーカリストが「シンガー」として勝負に出る場だと考えている。シンガーとしての力量をさらけ出す場だと。それを得意とするボーカリストも、不得手とするヴォーカリストもいるだろう。そしてそれは、当然ながら、どちらが優れているという問題でもない。

ユビキタスのヴォーカリストであるヤスキは、弾き語りにおいてもとてつもない引力と魅力を発揮する。彼はまさに真性のシンガーだった。

先月の6日、大阪・江坂pine farmというライヴバーでcross roadというイベントを見てきた。このライヴバー、楽屋があるでもなく、同じ空間の中に聴き手と演者が居合わせ、談笑しているような、とてもアットホームなこじんまりとした空間だ。音楽だけでなく、お酒だけでなく、その場にある全てを味わい、楽しむような。

この日、ヤスキの声は絶好調だった。ハリのある声が空気を割り、その場の雰囲気を一変させる。言葉にせずとも「聞いてくれ」と主張する強い声。その力強さはマッシヴなだけではなく、曲に合わせて自由自在にその形を変え、時に刺すように響き、時に柔らかく寄り添うように流れる。ここ2年、弾き語りのステージを繰り返していくうちに、彼はシンガーとして明らかに成長し、ヴォーカリストとしての幅を広げた。それはこの日披露した2曲のカバー、椎名林檎の「ギブス」、中島みゆきの「糸」からも窺い知ることができる。女性目線の歌詞、女性ボーカルの歌でも、彼は自分の声で美しく表現しきってしまうのだ。自身のバンドの曲を歌う時よりもキラキラと目を輝かせ、生き生きと歌い上げる姿は、歌うことがただただ大好きだと言っているようだ。

さらに今月1日にも彼の弾き語りのステージを見た。この日はカバーこそなかったものの、ユビキタスの楽曲から懐かしい1曲を持ってきたり、MVが公開されたばかりの新曲を早速アコースティックアレンジにしてみたりと、5曲の中でかなり自由に構成していた。5曲を通して、歌詞の一言一言を大事に慈しむように、じっくりと聴かせるように歌っていたのが印象的だった。

ギターが大好き、バンドが大好き、と公言している彼だが、あえて私は、彼が生粋のシンガーだと言い切りたい。もちろん彼の良さはギターにもあるし、バンドの中にいても輝いている。だが、ステージにひとりで立つ誠実で清廉なシンガーの姿は、その声は、眩しいほどに鮮烈で、その時の彼が纏う、歌に対する素直さや純粋さに、見る者は当てられてしまう。ギターと自分の声という最小単位の武装でステージに立った時、彼は無敵になるのだ。

THE ORAL CIGARETTESというカタチ

7月23日、泉大津フェニックスの大きなステージの上に彼らはいた。スタンディングスペースをぎゅうぎゅう詰めにしてもさらに足りないくらい、彼らのステージを待ち望む人が、あの日あの場所に溢れていた。

いつもの掛け声から、幕を開ける。昨年リリースのアルバム「FIXION」から「気づけよBaby」、「A-E-U-I」をドロップ、会場を焚き付けていく。さらに「カンタンナコト」でオーディエンスは爆発。今夏のアンセム「DIP-BAP」はリリース前にもかかわらずファンを休む間も無く躍らせる。Vo. 山中拓也の好きなHIP-HOPをロックチューンに落とし込んだ、これもまた新しいオーラルの一面を見せる《キラーチューン》だ。そのあと「起死回生STORY」「Mr.ファントム」、ラストに「狂乱 Hey Kids!!」と続け、オーディエンスのみならず、自分をも追い込むような強力なセットリストで30分を目一杯使い切った。メンバー4人がそれぞれに感情を爆発させ、笑顔を弾けさせながらステージ上を駆け回る姿は、彼らがそこにいる誰よりもオーラルのライヴを楽しんでいることを見せつけるかのようだった。

 

私が彼らに初めて出会ったのは、2012年のカウントダウンライヴ、Ready Set Go!だった。彼らはMASH A&Rのオーディション、MASH FIGHTの第1回優勝者として、オープニングアクトのステージを得ていたのだ。まだ入場も終わっていない、客席がざわざわとしている中で、彼らは噛みつくように演奏しきった。それから、たった3年半ほどの時間のうちに、彼らの立ち位置は大きく変わった。あの時予想し得なかったほどのスピードで、彼らは走り続けてきた。そうして、今や、あの時のギラギラとした目つきと闘志をそのままに、ひとまわりもふたまわりも、大きなバンドになった。

急速なスピードでバンドの人気に火がつき、ありとあらゆるメディアでフィーチャーされ、ライヴのチケットがうんざりするくらいに取れないところまで行くと、一定数のファンの足が遠のく。遠のくのは主にそのバンドに人気が出る前から彼らを追いかけてきたファンだ。おまけに音楽好きの中でも色々な畑から色々な人が集まってくるのだから、ライヴの時のオーディエンスの様子、フロアの雰囲気までがらりと変わっていく。それを喜ぶ人もいれば悲しむ人もいるし、それがファン同士での軋轢を生むことも珍しくない。音楽を知る媒体が増えたからこそ、リスナーの発信する方法が増えたからこそ起きていることで、今売れているバンドはそのほとんどが通ってきた道なのではないだろうか。

しかしTHE ORAL CIGARETTESはそこに当てはまらなかった。BKW(番狂わせ)を旗印に掲げ、行く先々で新しいファンを取り込み、ありとあらゆる会場でダークホースとして大番狂わせを巻き起こし、怒涛のように走り抜け、今や彼らはシーンにとって欠かせない存在になった。そしてその中で、古くからのファンにも「もう違う」「こんなバンドじゃなかった」とは言わせなかった。がっちりと心を掴んだまま、誰の心も、誰の手も離すことなくどこまでも連れて行く、そんな強さと深さを、彼らはこの月日の中で身につけていったのだろう。だからファンは離れない。あなたがたにとっての一番でありたい、と正面切って言う彼らから、離れることができない。彼ら自身の音楽と、それを信じるファンを、怯んでしまうほどの気迫を見せながら、狂ったように信じ抜く姿勢を1度目にしたら、離れられなくなる。

 

3年と言えば、バンドが有名になって、人気を博して、大きくなるには短い月日かもしれない。いや、だから一層、彼らの成し遂げたことには眼を見張るものがあり、この先のさらなる飛躍を、心から期待するのだろう。THE ORAL CIGARETTESは特異なバンドだ。バンドとして音を届けながら、その音に彼ら自身が一番救われているように見えるのだ。自身を救う言葉は、音は、知らず識らずのうちに見る者を救い、導く。彼らはきっと今までのロックバンドが見なかった景色を見るだろう。今までのロックファンが見たことのない景色を作り出すだろう。そしてそれは、そう遠くない未来の話だ。

ユビキタス: 1年ぶりの新譜リリース

昨夜大阪の3ピースバンド、ユビキタスが11月2日に約1年ぶりの新譜をリリースすると発表。今回は7曲入りのミニアルバムで、「孤独な夜とシンフォニー」と名付けられている。前作のリリース以降、ライヴに重きを置き、全国各地でステージを重ねてきた彼らの現在地と展望を示す1枚になりそうだ。

さらにLIVE TOUR 2016『カルテット』と称したリリースツアーも同時に発表された。これに先行して10月27日に渋谷TSUTAYA O-Crest、11月1日に心斎橋 Music club JANUSで2マンシリーズが開催される。渋谷公演ではアルバムの先行販売もあるとのことなので、ユビキタスが気になっている方は行ってみてはいかがだろうか。

また3rd mini album 「孤独な夜とシンフォニー」より「イナズマ」のMVが公開されている。監督は過去の彼らの作品でもMVを手がけている吉田ハレラマ氏。壮大で爽やかな映像は、ユビキタスの音楽が持つ清々しさや凛々しさを見事に画として仕上げているのでぜひご覧いただきたい。

 

その他、ミニアルバムの詳細や今後のツアーについてのインフォメーションはユビキタス公式HP公式Twitterでご確認を。

 

目の前の背中を追うこと -16/8/17 CONNECT YEAR 2016 大阪編-

「 CONNECT YEAR 2016 大阪編 〜優しく先輩に踏まれたい〜」

そう銘打たれた3マンのイベントが大阪・福島のJR高架下のライヴハウス、LIVE SQUARE 2nd LINEで幕を開けた。

今夜のホストは京都出身のバンド、LOCAL CONNECT。その名に、その編成になってから1年が過ぎた、その記念イベントなのだという。前身バンドも2度ほど見たことがあったが、休止期間を経て再出発してからというもの、彼らの進化には目を見張るものがある。アニメ「俺物語‼︎」の主題歌を務めたことも記憶に新しい。そんな彼らが今回の自主企画に呼んだ「先輩」が、大阪のユビキタスに、東京のLarge House Satisfactionである。とてもじゃないが「優しく」踏んでくれそうにはない。

 

開場後すぐにOAとしてLOCAL CONNECTからISATO、Daiki、Natsukiが登場する。アコースティックでの演奏ということらしい。NICO Touches the Wallsの「夏の大三角形」に椎名林檎の「ギブス」という正反対に位置するような2曲をチョイス。ISATOとDaikiの見事なハーモニーが小さな箱の中に満ちる。オープニングアクトとするには些か勿体無いような、贅沢な時間となった。

 

18時半、SEが流れ出し、トップバッターのユビキタスがステージに現れる。ステージ中央で拳を合わせ、それまでの和やかな雰囲気が一瞬にして、ピリリと緊張したものに変わる。1曲目はヤスキのアカペラで始まる「空の距離、消えた声」。この幕開けはこの1年で定着したが、毎度心を震わされる。回数を重ねるごとに、振り絞るような彼の歌はその力を強めていく。ちらと聴いただけでも、ぐっと引き込むような魅力を放つようになった。この日のセットリストには2曲、新曲が組み込まれていた。「サカナ」、「チャンネル」と題されたそれぞれは見事に彼ららしさを持ちながら、新境地に手をかけようかというところにある。「サカナ」のエッジの効いた印象的なギターリフが全体から一つ前に出て聞こえるのは、彼らの代表曲「パラレルワード」に見られるそれと重なり、これぞユビキタス!と思わせるが、そこに乗る歌詞はこれまでにはなかったラップ調である。ライヴでは定番の人気曲「ワンダーランド」や昨年のシングル「透明人間」、アルバムリード曲「ヒーローのつくり方」も合わせて演奏し、ユビキタスのこれまでのダイジェストとも呼べるようなセットリストを用意することで、現時点での彼らのいる場所を提示して見せたと言えるだろう。とはいえ、新曲がさらに飛躍していることからも明らかなように、彼らもまたとどまることを知らない。LOCAL CONNECTには『先輩』として呼ばれた今回であったが、実際彼らは先輩として余裕を見せるのではなく、俺らはこれで戦うから、と改めて言い放ったようなステージだった。

 

続いてLarge House Satisfaction。ユビキタスやLOCAL CONNECTとは明らかに毛色の違うバンドだ。音も言葉もアグレッシヴな彼らに、この場の空気はどう変わるのか、見当もつかなかったし、もちろん興味深くもあった。

「大阪!そんなもんじゃねえだろ!!」とVo.要司が吠える。まだフロアは呆気にとられている人が大多数だ。しかしそれで怯むようなバンドではない。さらに焚き付けられたように音を鳴らし、噛み付くように歌声を轟かせる。その熱に浮かされて、じわじわと延焼していくようにオーディエンスの手が挙がっていく様は実に見ものだった。彼らのライヴの恐ろしいのは、その音を耳からではなく、脳内に直接流し込まれるような感覚に陥ってしまうところだ。頭の中をその鋭く尖った音が支配し、ありとあらゆる思考が停止して、視点は3人が汗を撒き散らしながら暴れまわるステージに釘付けにされてしまう。

中盤、要司がLOCAL CONNECTに向けてゆっくりと言葉をつないだ。「大それたことは何も言えねえけど、俺に言えるのは、続けろ、ってことくらいだ。やめんな。」と。そして、続けてきたから今ここにいる、ちょっと長くやっている背中を見せてやれる、と続けた。自分たちがいつもと雰囲気の違う中で演奏するとなってもなお、その攻め続ける姿勢は変えない、決して臆することなどない彼らは、圧倒的なまでに「ロックバンド」そのものである。

 

そしてラストにはもちろん、LOCAL CONNECT。待ち望んでいたフロアもがらりと雰囲気を変え、沸き立つ歓声で彼らを出迎える。5人が所狭しと並び、ステージいっぱいから音を弾けさせると、ぐわり、と空気が揺らいだ。個性豊かな5人のメンバーがさも楽しそうに音で空気を彩っていく姿には目を奪われる。ISATOとDaikiによるツインボーカルの完全なハーモニクスがやっぱり魅力的で、その "2人" という力に一瞬ひるみさえする。暑苦しいほどの熱量でオーディエンスと対峙していく姿は、がむしゃらであり、誠実でもある。だが、反対にその熱量がギャップを生んでしまっているのも事実だ。彼らを愛してやまない人たちには間違いなく素晴らしい。彼らが気になり始めた人たちはきっと面白いはずだ。ワクワクさせられるはずだ。しかし、たとえば彼らを初めて見た人たちにはどうだろうか。彼らが間違っているとは思わない。彼らの熱っぽいステージは人を惹きつけるし、彼らの音も声も言葉も、とても素直で親しみ深い素晴らしいバンドだ。ただ、見たことのない人をも巻き込める懐の深さを、誰も置いていかない大きさをこちら側に見せつけてほしい。

ステージ終盤、彼らは11/3、10と東阪のワンマンを発表。それまでにもCONNECT YEAR 延長戦と称してツアーを回るとのことだ。3ヶ月で彼らはどれだけ力をつけるだろうか。待ち焦がれたワンマンのステージで、彼らはどんな景色を見せてくれるだろうか。

 

そういえば、Large House Satisfactionのステージで、要司は「優しく先輩に踏まれたい?なめんじゃねえよ。」と噛みついた。それに対してLOCAL CONNECTのISATOが、同じく自身のステージで「これほんまに、俺終わってから命落としかねないんで、サブタイトル変えます!『思いっきり先輩殴りたい!』です!!」と返答。やっぱり思った通り、「優しく」踏んでもらえるわけがなかったのだ。