海の星座

光を射す言葉を。

鳴らすなら、3人の音を。 -17/12/26 ユビキタス at 2017 今を賑わすバンド超会議-

失くしたと思っていたピースが思いがけない場所から見つかって、穴の空いていたジグソーパズルがうっかり完成したような、そんな嬉しいサプライズだった。

大阪の3ピースロックバンド、ユビキタスにとって、2017年は始動以来の受難の年だった。飛躍を誓った矢先にヒロキ(Dr.)の無期限休養と脱退があり、年始に思い描いた彼らの展望は一度無に帰したともいえよう。それでもなお、ユビキタスは立ち止まりはしなかった。周囲の助けを借りながら、時には地を這うようにしてその歩みを進めた。だがどうしても、鳴らされる音に物足りなさが巣食うのは避けようがなかった。明確な、音楽的な意味においての、例えばサポートメンバーのドラミングがユビキタスと合っていなかったとか、そういった類の物足りなさではなく、もっと感覚的で、言ってしまえば感情的な部分での物足りなさ。ヒロキの不在は、ただのドラマーの不在ではなく、三角形の頂点をひとつ失うような、辺をひとつ消されてしまうような、彼らを知る人にしか分かり得ない大きな損失だった。
しかし、その日その場にいた多くの人にとって、そして誰より、1ファンとしての私にとって、その物足りなさが輪郭を持ったのはユビキタスの音がフロアを満たしたあの瞬間だった。

照明が落ち、ガヤガヤとした騒めきが引く。ヤスキ(Vo./Gt.)、ニケ(Ba.)に続いてステージに上がったヒロキの姿に、フロアから悲鳴が上がった。9ヶ月ぶりにヒロキが、ヤスキとニケの後ろに座った。それは見慣れていた光景だった。聴き慣れていた音だった。「あの世とこの世」で始まった彼らのステージは、ヒロキが叩くということもあってのことではあるが、最新作「変わりゆく世界」からの披露はなく、「透明人間」、「パラレルワード」など、3人だった頃の懐かしい曲ばかりで構成されていた。ヤスキのまっすぐに射抜くような歌声と、跳ねるようなギターリフ、ニケの鋭さと重さの合わさったベースライン、そして彼らを支えるだけの力強さのあるヒロキのドラミング。ヒロキがまだ本調子ではないとはいえ、ステージから投げかけられた音は、確かに、「ユビキタスの音」だった。
9ヶ月ぶりのステージとなったヒロキの表情は、かつてのようにコロコロと変わりながら、それでもその場にいるよろこびが滲んでいた。そしてヤスキもニケも、ここ最近では見なかったほどにいきいきと楽しそうに歌い、奏でた。3人の姿は長期間ブランクがあったとは思えないほど自然で、だからこそ、ヒロキが不在だった間、知らず識らずのうちに物足りなさを覚えていたことに気付かされた。声に出して探さずとも求めていたのは、他でもないこの3人の音であり姿だったのだと。

終演後、ヤスキは「今日までしんどかったー!」と安堵の笑顔とともに言った。折れそうになりながらも強くあろうとしたフロントマンにとって、2017年は長く、苦しい日々の連続だっただろう。「ほんま、エモいわあ。」と「今年ほんましんどかったわ。」を何度も交互に繰り返しながら、それでも彼は笑っていた。「今日が一番バンドやってる!って感じした!」と嬉しそうに、それでいてほっとしたように、笑っていた。

 

バンドにとって、辞めるという選択肢が正解であるときもあるだろう。美しい終焉も目にしてきた。だが一方で、続ける余地がある限り続けるというのも、人間らしくて泥臭くて、だからこその格好良さがある。どちらかと言えばユビキタスは、後者の方がよく似合う。まだヒロキはサポートとしての参加ではあるが、そこに鳴るのが紛うことなきユビキタスの音であるように、ユビキタスはどんな形であっても3人で音を重ねて放つだろう。いつだったかニケが言った通り、いつか来る最後の日の最後の瞬間まで。