海の星座

光を射す言葉を。

あの日夢見た景色 -ポルノグラフィティ “NIPPON ROMANCE PORNO '19 〜神VS神〜” at 東京ドーム-

20年という歳月は、言葉にするには簡単だが、実際に何かを続けながら重ねていく時間と考えると、気の遠くなる程長い時間だ。
2019年9月8日、ポルノグラフィティはその日を迎えた。デビュー20周年。CD全盛期だった20世紀の終わり頃から、CDが売れないと嘆かれるこの時代にかけて、ずっと第一線を駆け抜け続けている二人組のロックバンド。

10周年の記念ライヴも会場はビッグエッグ、東京ドームだった。あの時、ポルノグラフィティは「俺らについてこい」と次の10年へと走り出した。前回よりもハードルを上げて2Days。それでも完売したところに、ポルノグラフィティの人気が衰えるどころか勢いを増していることがうかがえる。あの時彼らについて来いと言われた以上の人が、彼らを眩しく見上げているのだ。

 

今にも天井が爆発するのではないかというほど期待感が満ち満ちた東京ドーム。開演時間を迎え、暗転しないままにステージにサポートメンバーが上がり、会場は総立ちとなる。ステージ中央からアリーナ席の真ん中に向けて伸びた長い花道の先、小さなセンターステージに、待ちわびた2人のシルエットが浮かぶ。
大歓声の中、岡野昭仁(Vo.)の一瞬で彼とわかる特徴的な声が高らかに響き渡る。

《狂喜する声が満ち溢れていた/立ち向かうように髪を振り乱し
 「その拳突き上げろ」と唄う/あのロッカーまだ闘ってっかな?》

この日のこの瞬間のために作られたようにピタリとはまった「プッシュプレイ」から「Mugen」、近年のヒット曲「THE DAY」とオーディエンスを焚きつけるような怒涛の3曲の後、岡野が嬉しそうに笑いながら、「東京ドーム‼︎」と叫ぶ。その声に応える6万人弱の声の圧に圧倒されながら、また、カラッと笑う。「わしらがー!ポルノグラフィティじゃっ!」おきまりの挨拶に、また6万のどよめきが答える。

ポルノグラフィティが20周年を迎えるまでに、いろんな人に助けていただきました。その中でもこの人なしでは語れないという人に来てもらっています。」とステージに呼ばれたのは、ak.hommaこと、本間昭光。初期ポルノグラフィティのプロデューサーであり、彼なしに今のポルノはなかったと誰もが思っている存在だ。ポルノが本間の元を巣立ってから約10年、彼らが同じステージに立つこともほとんどなかった。そんな彼を交えてのメドレーは定番の名曲から懐かしい曲まで初期のポルノをバランスよく散りばめた仕上がりとなっており、聞き馴染みのあるピアノの音に懐かしさを覚えるとともに、改めて本間とポルノの築いてきた強固な絆を感じさせるものだった。
続くデビュー曲「アポロ」はさらに彼らの歴史を物語るには実に雄弁で、デビュー当時どこか威嚇するように尖っていた岡野の声や新藤晴一(Gt.)の音色は、20年を経て深みを増し、懐かしいデビュー曲でありながら古さを感じさせることはない、ポルノグラフィティの代名詞として未だ色褪せない仕上がりになっていた。

一旦本間がステージを降り、3rd アルバムに収録の「n.t.」、5th アルバムから「Twilight, トワイライト」が相次いで演奏される。怒りと憂いを含んだメロウなこの2曲は、リリース当時よりもさらに表現力を増し、酸いも甘いも経験してきた今のポルノグラフィティが奏でることで、一層歌詞に重みと思考の深さを添えていた。

アウトロが溶けるようにフェードアウトし、そのまま流れるようにインストゥルメンタルの「Theme of "74ers"」へと移る。スクリーンには若かりし2人のこれまでのレコーディング風景やライヴのスチル写真が映され、東京ドームでのリハーサル写真で結する。何が起きるのかと厳かな、恐れすらもある空気を含んだまま静かに暗転した会場に、小鳥のさえずりが響き、一転、笑いを含んだ和やかなムードが広がる。2つ前のツアーから恒例となった、岡野の弾き語りのコーナーである。
「もうみんな分かっとるじゃろう、小鳥が鳴いたらわしが1人で出てくるって。」と笑いながらセンターステージに1人で立つ岡野が浮かび上がる。「なかなかないことなんだけど、メロディの端っこみたいなところからどんどん物語が膨らんでいって。NAOTOさんがつけてくれたフレーズも最高で。」と解説した後、まるで呟くように歌い始めたのが、10年前、初の東京ドーム公演で当時まだタイトルも2割ほどしか出来上がっていない中初披露となった「瞳の奥をのぞかせて」だった。あの日、まだ生まれたばかりだったこの曲は、10年を経て、憑依型ボーカリストと評される岡野が思い詰めたように鬼気迫る表情で歌い上げ、その色気のある声が一層際立つ、湿度のある妖艶な楽曲に成長したのだが、弾き語りだとどこか乾いたように寂しげで、ぐっと胸に迫る切実さがあった。ワンコーラス歌い終えたところで、中央あたりから波紋のようにざわめきが広がる。気づくと、岡野の隣にはバイオリニスト・NAOTOがバイオリンを片手に微笑んでいた。彼がポルノのサポートを離れてしばらく経つが、いまだに再共演を望む声が絶たないほど歴代のサポートメンバーの中でも絶大な人気を誇るNAOTOが現れたことに、会場には悲鳴すら響いた。多くのファンに「そうそうこの音」と安心感を与えるバイオリンの音色と、10年前よりも深みの増した岡野の声が重なって、切実で寂しげだった曲が心の奥底を揺さぶるような、静かでありながら情熱的な曲へと変貌を遂げた。曲が進むごとに2人の音は熱を帯び、ある種の狂気をも含む声色は息を飲むように鎮まった東京ドームの空気を裂く。最後の音が放たれ、長い余韻を残して溶けた後、ようやく自分のいる場所を思い出した観客は割れんばかりの拍手を2人に贈った。

再びメインステージに照明が点き、岡野不在の中新藤にピンスポットが当てられる。凛々しい表情と裏腹な柔らかい声と、わずかに舌ったらずな滑舌で歌われたのは「ウェンディの薄い文字」。前日に披露された「Hey Mama」とシングル「Winding Road」のカップリングに収録のこの曲という、新藤がボーカルを務める2曲が2日間のセットリストに組み込まれるのもまた、アニバーサリーライヴというお祭りならではの展開。1曲前の厳かさから一変したものの、ファンにとっては同じくらいに貴重で垂涎ものの時間となったことだろう。

ステージに岡野が戻り、最後方にずらりとストリングスが並ぶ。先ほど登場したNAOTO率いる総勢12名の "NAOTO Strings" だ。前日にはFire Hornsがブラスサウンドで華やかさと豪快さを添えた楽曲が並んだ「コラボゾーン」だったが、この日はストリングスによって荘厳さと優美さをまとったブロックになった。壮大なロックバラードである「リンク」、ポルノグラフィティを代表する「サウダージ」や「ヒトリノ夜」など、かつてNAOTOとポルノが組んでいた頃にリリースされた楽曲はもちろん、昨年リリースとなった「ブレス」までも含まれる願ってもない貴重なコラボとなった。中でも特筆すべきは「愛が呼ぶほうへ」だ。この曲だけが前日と共通してコラボゾーンで演奏されているのだが、彩る音の差によって楽曲はこんなにも表情を変えるものかと打ち震えた。「そばにある愛」を擬人化して描いたこの楽曲は、ブラスによるアレンジが加わると重厚感と安定感を増し、支えとなるような確かさを持つのに対し、ストリングスによるアレンジになると、繊細でおおらかな、包み込むような雄大さを持つ。歌詞だけでなく、メロディーだけでもなく、その時々のアレンジも込みでこの1曲は違う顔を見せながら完成するのだと改めて感じさせられるひとときとなった。

これが20周年のアニバーサリーライヴであるということも大きな理由だろうが、サブスクリプションが解禁されたこともあり、前回ツアー『UNFADED』から引き続いて、全編を通して旧譜からの選抜が多いセットリストとなった。しかし、その中においてこの先の展望をのぞかせる最新楽曲として、配信シングルである「Zombies are standing out」が並んでいたのが印象深かった。前日の公演で岡野はこの楽曲を「僕らにとって新境地を切り開いた楽曲」と紹介した。岡野の歌声は伸びやかでクリアに澄んでいながら、聴く者の心を抉るような渇望感を秘め、新藤のギターは斬りかかるように鋭く重く響きながら、鈍色の閃きを音の端々に残す。澱みと清冽さを備えながら2人が描くZombiesの姿は、彼らの歩んできた、華やかなだけではない軌跡を象徴さえする。そしてその楽曲を、岡野が「新境地」と呼んだことに希望を覚えるのだ。まだポルノが2人で進み続けること、戦い続けることを選んでくれるという希望。その時に掲げる武器として、この楽曲を挙げるということに、未来を見せてくれていると感じるのだ。

気づけばライヴも終盤。「ハネウマライダー」でタオルを回し、壮大な眺めがスクリーンに映れば、その中で新藤が楽しげに、幸せそうに口ずさみ、「アゲハ蝶」では6万人分のクラップとシンガロングが2人を包んだ。どよめきのようなシンガロングに重ねて岡野が切々と最後のサビを歌い上げる姿はさながら映画のワンシーンのようで、得も云われぬ美しさに言葉を失った。ラストスパートをかけるような選曲に薄々その終わりを感じながらも、終わらせないとばかりにオーディエンスはさらに高揚感を高め、ステージ上のポルノチームはその空気にますます焚きつけられていく。
そして本編最後に演奏されたのが、最新曲「VS」。アニメ主題歌であり、その世界観ともマッチする爽快な楽曲だが、この場においては今のポルノグラフィティを的確に描写するにこれ以上ない1曲となっており、この曲ができた時からきっと彼らには今のこの満員の東京ドームが見えていたに違いないと思わせるほどだった。2人がゆったりと歩いていく花道は彼らの進みに合わせて光を放ち、曲は徐々にクライマックスへと向かう。それはまるでこの日までの彼らの歩みを見ているようだった。

《そうか あの日の僕は今日を見ていたのかな/こんなにも晴れわたってる
 バーサス 同じ空の下で向かいあおう/あの少年よ こっちも戦ってんだよ》

そして、金色のコンフェッティが大量に煌めき舞う中、「VS」のアウトロが流れるようにとあるメロディーに戻り、岡野が再びマイクを握りなおす。すっ、と息を吸う。

《あのロッカー まだ闘ってっかな?》

たっぷりと豊かな声で高らかに歌い上げられる、「プッシュプレイ」の1フレーズ。ああそうか、と、1拍遅れで感動が押し寄せる。そこに帰るのか。まだ闘ってっかなと問いかけた少年へ、こっちも戦ってんだよと返す今のポルノ。そしてそれは同時に、未来の彼らへの問いかけへ変わる。何年後かのポルノへ、例えば10年後のポルノへ。
岡野はドームを埋め尽くす観客を感慨深げに見つめながら、「わしらにはなーんもなかった。でも、きっとなんか大きなことができるって、漠然と思うとった。夢だけはでかかった。みんなが助けてくれて、みんながポルノを求めてくれたけえ、今日ここに立てとるんよ。この景色を見れとるんよ。ありがとう。偉そうなことを言うようじゃけど、そういう大きい夢みたいなもんを、1個、大事に自分の中に持っておいて。それを大事に信じて進んで。」と語った。その言葉と東京ドームの真ん中で気高く立つ背中が、20年闘い続けた背中が、「大事な芯を1つ持つこと」がどれほど人を救うのかを物語っていた。

 

 アンコールには「本当に最後よ?」とばかりに「オー!リバル」、「Century Lovers」、「ライラ」を立て続けに演奏。「VS」から「プッシュプレイ」へと抜けたあの壮大な大団円を経たあとのアンコールの盛り上がりは、まるで全員参加の打ち上げのようで楽しく、清々しかった。
そのアンコールの最後、岡野は後ろを守るサポートメンバー一人一人にメッセージを求めた。各々がポルノの2人への感謝を述べ、口々にその感動を伝えた後で、本間昭光がこう締めくくった。

「20年、お疲れ様。これからも、走っても、時々は休んでもいいと思います。でもどうか、続けてください。それが、僕たち全員の願いです。」

これはそう、本当にその場にいる全員の願いに違いない。ミュージシャンからもファンからも愛される、求心力のある岡野昭仁新藤晴一という2人に対して、2人を想う人間全員が心に抱く願いだ。ポルノグラフィティは15年前、デビュー前から三人四脚でやってきたベーシスト・Tamaと道を別った。その時、彼らは進み続けることを選んだ。ポルノグラフィティという屋号を消さないこと、ポルノグラフィティであり続けることを選んだ。気づけば、2人になってからの時間の方が長くなった。迷いながら、惑いながら、それでも誠実に、希望を持ってポルノグラフィティという生き方を選んだことが今の彼らを作り、彼らをこの満員の東京ドームへと連れてきたのだ。
新藤は「高校の文化祭、部活から、こう、デビューっていう大きな節目もあるにはあったけど、地続きみたいな感じできたから、ポルノは絶対に汚したくないものなのね。じゃけ、これからも続けます!っていうのは簡単だけど、いや、言うんだけど、わかるじゃろ?惰性でやったら汚れるけえ。ポルノを心から楽しいって思えてるか、自分に何度も問いかけながらこれからもやっていきたいと思ってる。」と、ポルノグラフィティへの愛を語った。それはどんな言葉よりも熱く愛と責任感と誇りに満ちていた。あの頃の青春の延長線上で、放課後のその先で、ポルノグラフィティは清廉に続いていくのだと信じさせてくれる言葉だった。

 

『ポルノ好きでよかったって、思った?』

10年前、ついて来いと吠えた岡野は、マイクを通さない地声で、オーディエンスにこう問いかけた。同じ場所で、まっすぐに尋ねた。
涙混じりの歓声が一瞬会場を埋めて、再び岡野が叫ぶ。

 

『わしらはポルノやっててよかったって思うとるよ!』

 

夢だけは大きかったあの頃から、彼らはこの瞬間を見続けてきたのだ。誰よりもポルノグラフィティを深く愛しながら。
大歓声に包まれて、20周年を祝うライヴは幕を閉じた。彼らは2人で21年目に足を踏み出した。きっともっと広い世界を、まだ見ぬこれ以上の景色を見にいくために。共に歩むひとに見せるために。