海の星座

光を射す言葉を。

青春の瞬間性 -BURNOUT SYNDROMES "檸檬"-

−− 見わたすと、その檸檬の色彩はガチャガチャした色の階調をひっそりと紡錘形の身体の中へ吸収してしまって、カーンと冴えかえっていた。 −−

檸檬、と聞いて、真っ先に梶井基次郎の短編が思い浮かぶ人は決して多いとは言えないだろうが、フルアルバムのタイトルが檸檬だと聞いた時のこのバンドのファンに限って言えば、かなり多かったのではないか。

 

11月9日にリリースとなったフルアルバム「檸檬」はBURNOUT SYNDROMESの、その心臓である熊谷和海の、短編小説集だ。少年少女が揺らめく心を抱え、飛ぶように過ぎる景色に当惑しながら目一杯に今を生きる物語が切り取られている。その歌詞世界は、ただの歌詞ではない。読むだけで、聴くだけで、その風景が目前に広がる映像的な、言うなれば、文学作品なのだ。

 

『青春文學ロック』を掲げ、颯爽とデビューしてから8ヶ月。デビューシングル「FLY HIGH!!」と2ndシングル「ヒカリアレ」の2曲は、人気アニメ「ハイキュー!!」の2期連続のオープニングテーマに抜擢され、彼らの名はロックファンのみならず、中高生やアニメファンにまで広く知られることとなった。


BURNOUT SYNDROMES 『FLY HIGH!!』TVアニメ「ハイキュー!!セカンドシーズン」第2クールオープニング・テーマ(Short Ver.)


BURNOUT SYNDROMES 『ヒカリアレ』Music Video TVアニメ「ハイキュー!! 烏野高校 VS 白鳥沢学園高校」オープニングテーマ

そんな中リリースされた今作は、過去の作品よりもかなり青春色が強い。この作品の中の主人公たちは皆それぞれに若く、青く、そして眩しい。《宜候 風よ 何時までも心騒めかせて/宜候 胸を帆のように張って突き進め/Bottle Ship Boys》(M.02: Bottle Ship Boys)や、《胸一杯に息を吸う/名前を呼ぶ 君が振り返った/どうか笑わないで聞いて/あのね 君が好きだよ》(M.06: ナイトサイクリング)という歌詞など、心がむずがゆくなるほど、聴いているだけで甘酸っぱくて、ほろ苦くて、心の端っこをきゅっと抓られるような痛みすらも覚える。私がとうの昔に葬った青春。置き去りにしてきた過去のわずかな時間。それが、彼らの音によって、熊谷の言葉によって、色鮮やかに眼前に蘇ったような感覚だった。人生のうちの、一瞬で過ぎ去ってしまう青春という尊い時間を真空パックにして閉じ込めたようなアルバム。そこに描かれる青春は決して美化された、爽やかさ100%のものではないから、その只中にいる時よりも、過去から取り出して眺めるような距離感で捉えた時に輝きを増すような魅力を持っている。

そういう空気感は同世代のバンドにはなかなかないものだ。クラシック音楽近代文学を取り入れることによって、彼らは24歳の若さでありながら、爽やかなだけでなく、浪漫めいた、セピア色の音を見せることができる。それは昨今のバンドブームで人気を集めたバンドの中でも特殊であり、また、他のバンドから一線を画す部分でもある。

 

しかし、BURNOUT SYNDROMESはその特異性は変わらずとも、デビューを境に大きく変わったように見える。華々しいデビューとともにその名を知ることとなった中高生はおそらく、これまでの彼らの音楽を知らない子が多かったのではないかと思う。情熱的で爽やかな、青春を存分に謳歌するかに見えるFLY HIGH!!の同線上で彼らが歌ってきた青春の影にある昏さを知った時、そこにどんなギャップを感じるのだろうか、とふと思いを馳せた。そのギャップが負の方向に働かないとも限らないとしたら、BURNOUT SYNDROMESはこの先どんな道を選ぶだろうか、と。

どうか、ブームごときに終わってくれるな、と心の底から願う。それは彼らが単に異質だからではない。The SALOVERS以来の青春文學ロックというジャンルを担う筆頭だからでもない。BURNOUT SYNDROMESは、教室の隅にいる少数派のヒーローになりうる存在だからだ。行事に熱を入れて取り組むような、部活熱心でみんなからちやほやされるような「クラスの中心」ではなく、そのずっと外で、じっと本を読んでいるような生徒たちの心のヒーローになれるようなバンドだからだ。かつてその少数派にいた人も、きっと彼らの音に、言葉に、共鳴するだろう。こんな存在が学生時代にあればよかったと思うだろう。そんな存在であれるのは、現時点ではこのBURNOUT SYNDROMES以外にない。この流行りの中に、埋没させてはならない。

 

その衝動的な眩しい春の時は一瞬で過ぎる。しかし一瞬で過ぎ去ってしまうからこそ尊く、美しい。そんな青春の瞬間性を見事に切り取って閉じ込めたこの「檸檬」というアルバムは、BURNOUT SYNDROMESにとって1つの記念碑的作品となるだろう。そして同時に、今青春の只中で煌めく人にも、かつて青春という時を過ごした人にも、深く強く、響くはずだ。


BURNOUT SYNDROMES 1stアルバム『檸檬』全曲トレーラー