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海の星座

光を射す言葉を。

ユビキタス: 1年ぶりの新譜リリース

昨夜大阪の3ピースバンド、ユビキタスが11月2日に約1年ぶりの新譜をリリースすると発表。今回は7曲入りのミニアルバムで、「孤独な夜とシンフォニー」と名付けられている。前作のリリース以降、ライヴに重きを置き、全国各地でステージを重ねてきた彼らの現在地と展望を示す1枚になりそうだ。

さらにLIVE TOUR 2016『カルテット』と称したリリースツアーも同時に発表された。これに先行して10月27日に渋谷TSUTAYA O-Crest、11月1日に心斎橋 Music club JANUSで2マンシリーズが開催される。渋谷公演ではアルバムの先行販売もあるとのことなので、ユビキタスが気になっている方は行ってみてはいかがだろうか。

また3rd mini album 「孤独な夜とシンフォニー」より「イナズマ」のMVが公開されている。監督は過去の彼らの作品でもMVを手がけている吉田ハレラマ氏。壮大で爽やかな映像は、ユビキタスの音楽が持つ清々しさや凛々しさを見事に画として仕上げているのでぜひご覧いただきたい。

 

その他、ミニアルバムの詳細や今後のツアーについてのインフォメーションはユビキタス公式HP公式Twitterでご確認を。

 

目の前の背中を追うこと -16/8/17 CONNECT YEAR 2016 大阪編-

「 CONNECT YEAR 2016 大阪編 〜優しく先輩に踏まれたい〜」

そう銘打たれた3マンのイベントが大阪・福島のJR高架下のライヴハウス、LIVE SQUARE 2nd LINEで幕を開けた。

今夜のホストは京都出身のバンド、LOCAL CONNECT。その名に、その編成になってから1年が過ぎた、その記念イベントなのだという。前身バンドも2度ほど見たことがあったが、休止期間を経て再出発してからというもの、彼らの進化には目を見張るものがある。アニメ「俺物語‼︎」の主題歌を務めたことも記憶に新しい。そんな彼らが今回の自主企画に呼んだ「先輩」が、大阪のユビキタスに、東京のLarge House Satisfactionである。とてもじゃないが「優しく」踏んでくれそうにはない。

 

開場後すぐにOAとしてLOCAL CONNECTからISATO、Daiki、Natsukiが登場する。アコースティックでの演奏ということらしい。NICO Touches the Wallsの「夏の大三角形」に椎名林檎の「ギブス」という正反対に位置するような2曲をチョイス。ISATOとDaikiの見事なハーモニーが小さな箱の中に満ちる。オープニングアクトとするには些か勿体無いような、贅沢な時間となった。

 

18時半、SEが流れ出し、トップバッターのユビキタスがステージに現れる。ステージ中央で拳を合わせ、それまでの和やかな雰囲気が一瞬にして、ピリリと緊張したものに変わる。1曲目はヤスキのアカペラで始まる「空の距離、消えた声」。この幕開けはこの1年で定着したが、毎度心を震わされる。回数を重ねるごとに、振り絞るような彼の歌はその力を強めていく。ちらと聴いただけでも、ぐっと引き込むような魅力を放つようになった。この日のセットリストには2曲、新曲が組み込まれていた。「サカナ」、「チャンネル」と題されたそれぞれは見事に彼ららしさを持ちながら、新境地に手をかけようかというところにある。「サカナ」のエッジの効いた印象的なギターリフが全体から一つ前に出て聞こえるのは、彼らの代表曲「パラレルワード」に見られるそれと重なり、これぞユビキタス!と思わせるが、そこに乗る歌詞はこれまでにはなかったラップ調である。ライヴでは定番の人気曲「ワンダーランド」や昨年のシングル「透明人間」、アルバムリード曲「ヒーローのつくり方」も合わせて演奏し、ユビキタスのこれまでのダイジェストとも呼べるようなセットリストを用意することで、現時点での彼らのいる場所を提示して見せたと言えるだろう。とはいえ、新曲がさらに飛躍していることからも明らかなように、彼らもまたとどまることを知らない。LOCAL CONNECTには『先輩』として呼ばれた今回であったが、実際彼らは先輩として余裕を見せるのではなく、俺らはこれで戦うから、と改めて言い放ったようなステージだった。

 

続いてLarge House Satisfaction。ユビキタスやLOCAL CONNECTとは明らかに毛色の違うバンドだ。音も言葉もアグレッシヴな彼らに、この場の空気はどう変わるのか、見当もつかなかったし、もちろん興味深くもあった。

「大阪!そんなもんじゃねえだろ!!」とVo.要司が吠える。まだフロアは呆気にとられている人が大多数だ。しかしそれで怯むようなバンドではない。さらに焚き付けられたように音を鳴らし、噛み付くように歌声を轟かせる。その熱に浮かされて、じわじわと延焼していくようにオーディエンスの手が挙がっていく様は実に見ものだった。彼らのライヴの恐ろしいのは、その音を耳からではなく、脳内に直接流し込まれるような感覚に陥ってしまうところだ。頭の中をその鋭く尖った音が支配し、ありとあらゆる思考が停止して、視点は3人が汗を撒き散らしながら暴れまわるステージに釘付けにされてしまう。

中盤、要司がLOCAL CONNECTに向けてゆっくりと言葉をつないだ。「大それたことは何も言えねえけど、俺に言えるのは、続けろ、ってことくらいだ。やめんな。」と。そして、続けてきたから今ここにいる、ちょっと長くやっている背中を見せてやれる、と続けた。自分たちがいつもと雰囲気の違う中で演奏するとなってもなお、その攻め続ける姿勢は変えない、決して臆することなどない彼らは、圧倒的なまでに「ロックバンド」そのものである。

 

そしてラストにはもちろん、LOCAL CONNECT。待ち望んでいたフロアもがらりと雰囲気を変え、沸き立つ歓声で彼らを出迎える。5人が所狭しと並び、ステージいっぱいから音を弾けさせると、ぐわり、と空気が揺らいだ。個性豊かな5人のメンバーがさも楽しそうに音で空気を彩っていく姿には目を奪われる。ISATOとDaikiによるツインボーカルの完全なハーモニクスがやっぱり魅力的で、その "2人" という力に一瞬ひるみさえする。暑苦しいほどの熱量でオーディエンスと対峙していく姿は、がむしゃらであり、誠実でもある。だが、反対にその熱量がギャップを生んでしまっているのも事実だ。彼らを愛してやまない人たちには間違いなく素晴らしい。彼らが気になり始めた人たちはきっと面白いはずだ。ワクワクさせられるはずだ。しかし、たとえば彼らを初めて見た人たちにはどうだろうか。彼らが間違っているとは思わない。彼らの熱っぽいステージは人を惹きつけるし、彼らの音も声も言葉も、とても素直で親しみ深い素晴らしいバンドだ。ただ、見たことのない人をも巻き込める懐の深さを、誰も置いていかない大きさをこちら側に見せつけてほしい。

ステージ終盤、彼らは11/3、10と東阪のワンマンを発表。それまでにもCONNECT YEAR 延長戦と称してツアーを回るとのことだ。3ヶ月で彼らはどれだけ力をつけるだろうか。待ち焦がれたワンマンのステージで、彼らはどんな景色を見せてくれるだろうか。

 

そういえば、Large House Satisfactionのステージで、要司は「優しく先輩に踏まれたい?なめんじゃねえよ。」と噛みついた。それに対してLOCAL CONNECTのISATOが、同じく自身のステージで「これほんまに、俺終わってから命落としかねないんで、サブタイトル変えます!『思いっきり先輩殴りたい!』です!!」と返答。やっぱり思った通り、「優しく」踏んでもらえるわけがなかったのだ。

高額転売にNOを

チケット転売問題

とうとう、業界がNOを提示した。

今朝、新聞各社に意見広告が出され、意見ページも今ものすごい勢いで拡散されている。FMPJやJAMEなど団体に限らず、フジロックRIJFといったイベントが名を挙げ、賛同アーティストにはサザンオールスターズポルノグラフィティDREAMS COME TRUEサカナクション、THE ORAL CIGARETTES、NEWS、KAT-TUNといった、ジャンルを超えた錚々たるメンツがその名を連ねている。それはもう、一部アーティストを抜粋するのが難しいほどだ。同時にそれは、高額転売という「悪」がそれだけ大きなものであるということを示している。

これまで黙認状態であったことも確かだ。手の打ちようがなかったと言えばそうなのかもしれない。しかし見て見ぬ振りを続けた結果が今なのだ。今からでも、取り戻さなくてはならない。

 

この動きが今後どうなるかはまだ見えない。しかしこれだけのムーヴメントになったのだから、なんらかの処置は施されるだろう。チケットぴあのリセールサービスのようなものが、統一して導入されるようになれば、と期待する。そして当然ながら、どうしてもいけなくなった人が定価やそれ以下で譲渡に出す「高額でない転売」は守られなければならない。何れにせよ、各種プレイガイドが賛同しないことには、確実に高額転売をなくすのは難しいかもしれない。

 

一番行きたい人が、正しいお金を払って、行きたい公演に行く。そんな当たり前のことが成立しない今は歪んでいるのだ。リスナー一人ひとりが、そこに気づいてNOと言うことから始まる。私個人今まで通りこれからも、高額転売を違反報告しながら、NOを突き付け続ける所存だ。

彼らが残しゆくもの

普段は邦楽ロックにこだわって聴き、書いている私であるが、近頃世間を賑わせたニュースにはどうしても触れたくて、こうして今PCに向かっている。些か私事な話も含まれてくるが、ご了承いただきたい。

 

SMAPが年内をもって解散するという。

彼らはまごうことなき国民的アイドルグループだ。5人それぞれが退所ではなくソロとして籍を残すということであるので、今後も彼らの姿をテレビで目にすることはあるだろう。この1月の騒動以降の露出に比べれば、頻度は上がるのかもしれないとも思う。しかし、その彼らは「SMAP」ではないのだ。

今の年齢の半分の年だった頃、私も周囲の女の子たちの例に漏れず、きっちりとジャニーズアイドルの深みにはまっていた。ロックというものに出会うずっと前の話である。そんな私ですら、えも言われぬ寂しさに襲われているというのに、彼らのファンはどれだけ苦しく、寂しいことだろうか。想像を絶するものであるはずだ。

 

近頃ロックシーン界隈でも解散やメンバーの脱退、活動休止が多く見られる。先日もSuck a Stew Dryのフセタツアキ(Gt.)が、自身がかねてよりフロントマンを務めていたバンド、ヨルニトケルの活動に専念するということで年内での脱退を発表したばかりだ。そんなニュースが後を絶たない中で、毎度毎度、永遠なんてないのだと思い知る。「今」しかないのだと。分かりきったことだが、忘れてしまう。慣れていってしまう。そんな「分かりきったこと」をSMAPは地を揺らがすほどの強さで提示した。

山口百恵キャンディーズのラストステージが語り継がれていくことからも言えるように、アイドルには「引退の美」がある。崩して言えば「美しく惜しまれながら去ってなんぼ」である。ジャニーズのこれまでのグループにも言えることだろう。しかし、それを超えてきたのがSMAPだった。40を越えてなお、第一線で活躍する姿は、「歌って踊れるアイドル」という固定観念をぶち壊してきたのだ。そしてその上で彼らは「国民的アイドルグループ」なのだ。だからいつしか思うようになっていた。「彼らは永遠にSMAPなのだ」と。そして彼らはその幻想を「解散」という形で打ち崩した。永遠など、ないのだ。

SMAPというグループは5人それぞれの才能をマルチに生かし開花させていくことでその地位を確かなものとしてきた。それぞれが得たものをSMAPという「帰る場所」に還元することで、それを大きなものにしてきた。アイドルがアイドルでありながら俳優であり、司会者であり、マルチタレントであるという形は、彼らが作ったとも言えるだろう。そして、その母体であるグループを解散するということも、彼らは成してしまう。1ケースとして前例ができる以上、今後のグループにもその選択肢を与えることになる。彼らが個々に活躍してきたことが今の若い子たちのお手本になっているのと同じように。良くも悪くも、平成のアイドルにとって、彼らは偉大すぎる。アイドル観はこれを機にまた大きく変わっていくだろう。

 

1月の騒動以来、生き生きとしたSMAPはいなかったのではないか。5人揃って、が今後叶わないとしても、それぞれがまた生き生きと晴れやかに笑って活動できるのなら、きっとその方がいい。そう思うのは横から眺める、ファンではない者の綺麗事だろうか。

濃い青のその下で -16/7/23 Talking Rock! Fes. 2016-

7月23日、関西国際空港のまだ南、泉大津フェニックスで開催されたTalking Rock! Fes. 2016。

例年、大阪市内のライヴハウスで催されてきたこちらのフェスだが、今年はTalking Rock!の刊行20周年ということも重なり、とうとう野外での開催となった。編集長・吉川氏にとっては、念願の、であったと想像する。

 

出演者は以下の通り(順不同)。

エレファントカシマシ
クリープハイプ
ACIDMAN
androp
ASIAN KUNG-FU GENERATION
THE BACK HORN
Base Ball Bear
THE BAWDIES
KANA-BOON
THE ORAL CIGARETTES
雨のパレード
サイダーガール
シナリオアート
Awesome City Club
Brian the Sun
GOOD ON THE REEL
LAMP IN TERREN
My Hair is Bad
SUPER BEAVER

 

総勢19組を2ステージに振り分け、尚且つかぶりなしで見られるという太っ腹なスケジューリング。オーディエンスを熱狂させ、焚き付けていくようなバンドもあれば、爽やかな夏空と風を味方につけて暑さを忘れさせるようなアクトもある。夏らしく青色の濃い空の下、19組の色とりどりの音が溢れた。

11時の開幕とともに緩やかに、爽やかに奏でたBase Ball Bearから、とっぷりと日の暮れたなかでじわりと心を震わせる音と言葉を届けたASIAN KUNG-FU GENERATIONまで、広い泉大津フェニックスに集ったオーディエンスは息つく間もなく音に酔いしれ、身を委ねていた。

時に前方のスタンディングスペースで、時に後方のシートスペースで、さらにはゆったりと畳ブースで微睡みながら、その場に満ちる音楽を味わう。熱っぽくありながらも、広すぎず多すぎないアットホームなこのフェスは、この先関西を代表するフェスとなるだろう。そしてそうあってほしいと、いち音楽ファンとして願うのだ。

 

来年からもぜひ野外で…、吉川さん、いかがでしょうか?

盟友との夜に -16/5/20 アイロニカルナイト-

去る5月20日、渋谷TSUTAYA O-Crestを訪れた。九州発の4人組バンド、the irony主催のイベント「アイロニカルナイト」を見るためだった。

14回目というこの日はBOYS END SWING GIRL、ユビキタス、アンテナ、waybeeを迎えての開催。アイロニカルナイトと、waybeeのリリースツアーの合同企画であった。

 

トップバッターはBOYS END SWING GIRL。千葉県出身の4人組だ。

1音目から驚くほどクリアで綺麗なメロディー。圧倒されている間にVo.冨塚のボーイソプラノが空気を割る。この4人の晴れやかな表情と、透明感は若さゆえの単純なものか、たまたま瑞々しさを放つ4人が集まったというシンプルな奇跡か。

ロックバンドの王道をゆく姿は「普通」と表現されてきたという。しかしそんな「普通」を極められるバンドはどれだけあるだろうか。活動休止を経て、復活後最初のツアー中ということで、4人が鳴らす音は、それを4人で鳴らす意味をじっくりと噛み締めているように聞こえた。

《フォーエバーヤング/僕たちはまだ終わっちゃいないだろう/未来なんて将来なんて僕たちには意味がない》

眩しいイマを重ねる彼らの「未来」に期待が高まる。

 

続いて大阪のユビキタス

めきめきと力をつけ、伸ばして、実力も人気もじわじわと上昇中のスリーピースだ。2年前はBOYS END SWING GIRLのような、まっすぐ貫くようなバンドだったが、今やそのイメージもそのまま持ちながら、心を揺らす、人に響く深みを持つようになった。届けるだけでなく、届けて響かせる。響かせたその揺らぎを伝播させる。とても力強く、たくましいバンド。

この日はそんな彼らの様子がいまひとつだった。3ヶ月前よりも確かに進化している。Vo.ヤスキの声は強く、まっすぐによく通り、Ba.ニケの音も温かみだけでなく鋭さを備えて攻める。Dr.ヒロキの刻むリズムも、その音も、深みを増して曲に幅をもたせている。にもかかわらず、バラバラに聞こえた。3人の音が、散らばって聞こえた。彼らの三角形が作る音は、いつも結束しあってステージ全体から鳴り響いているのに、だ。

ステージに立つ彼らは楽しげだった。少し力んでしまっていただけ、もしくは筆者の勘違い、そうであってほしい。

 

3バンド目は仙台からアンテナ。どこか懐かしいサウンドとVo.渡辺の優しいハスキーボイスが心地よい。この表現だけでは彼らの音がまるでフォークやカントリーのように感じられるかもしれないが、実際は歌謡的な要素を持ったロックだ。螺旋階段のようにループするレスポールのリフ、小気味よく刻まれるハイハット、音の底で揺らめくベースライン、そしてそこに乗る、ほんのりと危うげな儚さをまとったハイトーンボイス。4人の音が絶妙にバランスよく重なり合ってステージから降る。

「アンテナのライヴは録音、写真撮影フリーにしてます!皆さんここぞとばかりに撮ってSNSにあげてくださいねー」と開口一番に渡辺が言う。残念ながら文化としてライヴ中に撮影をするのはタブーとされているのでカメラが上がる数は少なかったが、穏やかな笑顔とともにのぞかせる控えめなハングリー精神、好印象である。

 

トリ前にはこの日からリミテッドシングル "RADIO STAR" を販売開始したwaybee。

ダンスミュージックの色を感じられる、自然と体が揺れるような気持ちのいいサウンドを鳴らす。Vo. 藤村の純粋でポップな歌声はそんなサウンドと相まって、ストレートに心に刻まれていく。

ゆらりゆらり、音に踊る心に合わせて身体を揺らす。曲を知っていようが知っていまいが、バンドを知っていようがいまいが、そんなことは関係ない。音に合わせて音を楽しむという、シンプルな音楽との向き合い方を提示し、思い出させてくれるwaybeeのステージ。気づいたら顔がほころんでいた。

 

そしてアイロニカルナイトのホスト、the ironyの登場。

今日の主役は俺たちだと言わんばかりの気迫と、ステージをここまで繋いできた盟友達に対する感謝とで、Vo. アキトはギラギラと目を輝かせながら、キラキラと笑う。ライヴでは定番の曲たちを相次いで投下、フロアはこの日一番の盛り上がりを見せる。

しかし彼らが一番その世界を作り上げたのは "Hallelujah" だった。4人ともが九州出身、熊本・大分の出身も二人いる。群発地震から約1ヶ月、片時も故郷のことは忘れられなかっただろう。すぐにでも飛んで帰りたかったことだろう。そんな気持ちを、壊れてしまいそうな心を、ぽつりぽつりと言葉にし、その上で、叫ぶように歌われたこの曲は、フロアに青い炎のように静かに、熱く広がった。

6月には待望の2nd album "10億ミリのディスタンス" がリリースされる。この10億ミリ、九州から東京までの距離を表しているのだそう。彼らが少しずつ少しずつ紡いできた言葉、重ねてきた想いはじわりじわりと、しかし確実に広がっている。11月の渋谷WWWでのワンマンを発表したその瞬間、悲鳴にも似た歓声が爆発した。まだまだここから、彼らはさらに花開くだろう。

 

妙にすっきりした気持ちで渋谷の街を後にする。次はこのバンドを見に行こう、この音源を買いに行こう。たくさんの音にたゆたって満たされたそばから、ハングリーにそんなことを思ってわくわくしながら。

新しくてNICOらしい -勇気も愛もないなんて-

勇気も愛もないなんて。

彼らがそんな、勇気と愛なんていうストレートな言葉を掲げるとは想像もしなかった。2016年1月8日、キャリア3度目となる日本武道館のステージにおいて、ニューアルバムのリリースを発表した時、やっと!というリリースの喜びとともに、そのタイトルの意外さに一瞬キョトンとしてしまった。「英語だと思う人!」「日本語だと思う人!」とステージではVo.光村が嬉しそうにアンケートをとっていた。ああ、きっとNICOにとっても、アルバムでは初めての日本語タイトル、きっと予想外で、でもこれしかなくて、意外だなあなんて言ってたんだろうなと、ふと思う。

 

NICO Touches the Walls、約3年ぶりとなる6枚目のフルアルバムは「勇気も愛もないなんて」と名付けられていた。NICO Touches the Wallsの等身大が詰め込まれたこのアルバムについて、今更ながらレヴューを書いていきたい。

 

再生ボタンを押すと同時に溢れ出てくる光村の声、声、声。なんとイントロだけで8人、曲中最大で30人の光村が歌っているという「フィロローグ」。喉から血を出さんばかりに重ねて歌う最初の言葉は《楽しいから歌ってるのかな 歌ってるから楽しいのかな》である。彼の心にある、嘘偽りない本音。歌詞のどこを切り取っても、シンガーとしての飾らない、ヒリヒリと痛むような言葉たちが、葛藤が溢れている。こんな風に曲中で彼が赤裸々に言葉を綴るのも、今までの作品の中にはなかった。1曲目からすでに、NICO Touches the Wallsの新章は始まっていた。NICOからファンに向けたラブソングは、4人の見事なコーラスワークで始まるエーキューライセンス(M.04)。モータースポーツの国内A級ライセンスの「A級」と「永久」をかけたタイトル通り、「免許は持っていないけれど、歌詞の中では運転できちゃうんですよ。」と可愛いガールフレンドとのドライブを歌う。《何も心配しないでね 君にとって唯一無二の A級でいたいだけ》こんなにシンプルで、胸のときめく言葉を余裕たっぷりに歌うバンドだったかしらと思う人は少なくないだろう。ニューオーリンズジャズをNICO流にアレンジした、遊び心たっぷりのブギウギルティ(M.05)では光村の大寝坊を主とした数々のgiltを歌い、武道館公演の際に「まだこれを入れようかな、と思っているところです」とアレンジすら入れていなかった中、弾き語りで披露されたウソツキ(M.07)も、その時の空気を残したアコースティックアレンジで収録されている。余談ではあるが、このウソツキと続くTOKYO Dreamer(M.08/2014)は光村が高校時代に書いた曲だという。当時ここまでの歌詞、曲を書くことにしても、それを今改めて引っ張り出してくることにしても、光村龍哉、おそるべきソングライターだ。アルバムの最後にはタイトル曲、勇気も愛もないなんて。失恋ソングでありながらそれだけに聴こえないのはなぜだろう。「勇気も愛もないなんて」に続く言葉、光村は、古村、坂倉、対馬は何を入れるのだろうか。

ここまでは今作に収録の新曲について簡単に紹介したが、3年ものブランクがあると全11曲の半分をシングル曲が占めている。避けるつもりも必要もないだろうが、避けては通れないのだ。ニワカ雨ニモ負ケズ(M.10/2013)など、ああそうだまだアルバムに入ってなかったんだ!と驚いてしまう。だがそのどれもがAlbum Mixということで、「今の」彼ら好みのサウンドにミックスチェンジがなされていて、慣れ親しんだ曲たちでありながら耳に新しく、見事にアルバムを彩っている。天地ガエシ(M.02/2014)はメンバーに「これがあっての今作」と言わしめ、ローハイド(M.06/2014)に対して彼らは「このアルバムにおけるNICO Touches the Wallsの決意表明になる曲。この曲からNICOのモードが変わった。」という。ひりつく若さや青さ、焦燥感や抑制された感情の数々…… NICO Touches the Wallsがこれまで書き、歌ってきたものは、今もその根底に流れているし、彼らの魅力の一つであることに変わりないが、その表現の仕方が、見せ方が変わった。飾らない言葉を、素直な音を連ねていくことで、彼らは進化と深化を重ねる。今まで描いてきたものを壊すのでも消すのでもなく、今の彼らの表現方法で作品に落とし込んでいくのだ。メンバー全員がNICOで始まった20代を終え、NICOと共に30歳を迎えた今、新しいNICO Touches the Wallsを描こうとしているのだろう。だが、大人の魅力、という言葉は正しくない。NICO Touches the Wallsが新しいフェイズに乗った、ただそれだけのことなのだ。

 

このアルバムで彼らが投げかけるのは、「勇気と愛ってなんなんだ」というシンプルな疑問だ。答えなんて出ないかもしれない。《わからない から 考える》(M.01:フィロローグ)のだ。わからない、が答えでもいい。アルバムを引っさげて回る全国ツアー、毎年恒例の対バンツアー、そしてその先にある、リベンジと念願の大阪城ホール公演。そこで彼らはその答えを、ヒントを、少しずつ集めていくのかもしれない。いや、たとえ一つも答えが見えなくたって、それならそれでと笑って、彼らはこの先もNICO流に勇気と愛を歌い続けるだろう。

アルバムツアー、対バンツアー、大阪城ホールについては、また後日どこかで。